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ドクターユキオフィストップ >> ようこそ! ドクターユキオフィスへ >>板越ジョージ

社長、経営コンサルタント、発明家、数々の資格・学位取得者としてジャパン・ビジネスの波間をしなやかに駆ける臼井由妃が、時代を牽引するゲストに迫る対談コーナーです。
毎回、各界をリードする著名人を迎え、とびっきりのトークをお送りします。
連載第六回のお客さまは、アメリカはニューヨークを中心とするイタショーグループの代表取締役である板越ジョージ氏。
18歳で日本を出奔してアメリカに渡り、食うや食わずの状況から一大企業グループを築き上げたという“アメリカンドリーム”を実現させた人物ですが、その成功の裏側には、挫折と人知れぬ苦労が…。
ドクターユキならではのシャープ&ホットな質問、にゲストの意外なホンネが飛び出すスペシャル・トークをお届けします。
PROFILE
板越ジョージ
GEORGE ITAGOSHI
イタショーグループ代表取締役。1968年東京生まれ。高校卒業後、アルバイトで貯めた100万円を資金に、1988年渡米。サウス・カロライナ大学国際政治学科在学中、「平和な世界を築くためには、多くの国の文化、民族を理解するところから始めなければならない」という信念のもと、35カ国を遊訪。大学卒業後は外交における政治を目指し行政機関での勤務を決めるが、「もっと躍動的な生きた世界があるのでは」という思いに駆られ、メディアの世界へと飛び込む。1995年、さらなる飛躍を求め独立。広告・印刷・翻訳会社である『(株)イタショーアメリカ(ニュージャージー)』を設立。また同年、マンハッタンはタイムズスクエアに、出版部門『(株)IS
パブリケーションズ(ニューヨーク)』を設立する。マルチメディア市場・アメリカエンターテインメント・スポーツマーケティング市場に参入、テレフォンマーケティング事業を開始するなど、多方面で才能を発揮している。著書に『グラウンド・ゼロ―9.11同時多発テロのその後』(イタショー刊)、『とにかく、どこかの会社にもぐり込むための77のヒント』(扶桑社刊)、『元ヤン起業家板越ジョージのリベンジ人生道場
From NY』(イタショー 刊)がある。
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PROFILE
臼井 由妃
YUKI USUI
1958年生まれ。東京都出身。東京家政学院短期大学家政学部卒業。株式会社健康プラザコーワ代表取締役。短大卒業後、さまざまな職種を経験し1991年、33歳で28才年上の夫と結婚。同年、病気を機に一線を退いた夫にかわり健康器具販売会社経営の道に。1995年に発明した男性機能補助用具「パワーリングネオ」は、2005年現在40万個を売る大ヒット商品に。1998年「健康医科学博士号」、ハワイアンカレッジより「名誉学術博士号」、2000年「経営学修士(MBA)」、2001年「理学博士号」を取得。平凡な主婦が社長に転身、5年で100億円企業に成長させる。現在、起業プランナー、経営コンサルタント、発明家、作家として活躍中。健康・美容・ダイエットの分野にも精通し、若い女性に多くのファンをもつ。全国で行われる講演は年間約100件にのぼり、官公署、地方自治体、学校法人、中小企業団体など幅広く行っている。2003年、日本テレビ系「マネーの虎」に出演。温かさと厳しさが備わったコメントにより人気を博す。「忙しい人の即効!勉強術」「Dr.ユキの楽学合格法―資格で億万長者になる」「金なしコネなし経験なし社長の超・経営術」等著書多数。 |
臼井「今回は、私の“妹分”である、株式会社オリエンタルダイニングアンドリゾーツの尾崎友俐社長からご紹介いただきました、板越ジョージさんにお越しいただいています。ご本をたくさん出されているんですが、先日献本してくださった『元ヤン起業家
板越ジョージのリベンジ人生道場』というご本にも触れながら対談をさせていただきたいと思います。
まず、どなたにもお聞きしているんですけれども、起業したそもそものきっかけを、差し支えのない範囲で、差し支えがあることでも構わないんですが(笑)、お聞かせ願えますか?」
板越「もともと大学では国際政治の勉強をしていて、『ビジネスの世界には行きたくないな』とは思ってたんですが、卒業してから一年間だけ出版社で広告の営業の仕事をしたんです。でも、会社の中で何かプロジェクトをやりたいって時にはいろいろな人達に意見を聞いたりしなきゃいけないという仕組みが、一年経つと結構苦痛になってきたんです。それまではずっと、自分のやることは自分で決めて、自分で責任を取ってきたので、そういう意味でも苦痛になった。もうちょっとゆっくり働いてから起業してもよかったんですけど、周りが『やっちゃえやっちぇ』って感じで…」
臼井「煽り立てられたってことですか?」
板越「それもありますね。それが1995年のことだったんですが、Yahoo!とかamazon.comとかが起ち上がって、今のインターネットの原型ができてきた頃で、僕のいたニューヨークでは、新しいベンチャーブームという嵐が吹き荒れてたんです。で、その最中にいたので、『じゃあやってみようかな』っていう感じで起業したんです。」
臼井「ということは、まあ学生時代もそうですけど、成長過程で形成された自立心がベースにあって、性格的な理由で起業されたってことですね。」
板越「そう思います、おそらく。」
臼井「時代背景もあるし…」
板越「そうですね。」
臼井「一年を契機に、出版社の営業職をすっぱり辞めるということに、迷いはありませんでしたか?」
板越「ありませんでしたね。」
臼井「私のところにも相談に来られる方は、資金をきっちり集めてから起業しようという方と、あるいはとりあえず何かやりたいから起業するっていう方と、2パターンに大別できるんですが、当時のジョージさんはどんな感じだったんですか?」
板越「当時ニューヨークにいましたので、起業するのは比較的楽だったんですよね、環境的には。独立してバリバリやっている人が結構いましたので。」
臼井「なるほど。現在では今は新しいビジネスをどんどん手がけられているわけですが、最初に手がけられたビジネスについてお聞かせいただけませんか?」
板越「アメリカに住んでいる日本人向けに、英語環境のパソコンで、インターネットを日本語で使うための“HOW
TO”本を作りました。あと、翌1996年にアトランタオリンピックを控えていたんですが、そのガイドブックを日本語で作ったんです。アトランタオリンピックのガイドブックは日本初でしたね。」
臼井「ご本を読ませていただいた時も思ったんですが、今のお話をお聞きして、目の付け所がいいと言うか、人のやっていないことを見つける才能に長けていらっしゃると思いました。誰かが何かやると、『私も同じこと考えてたのよ』とか言う方っているじゃないですか。『それは気がついてたけど』とか。でも、人がやってからだと遅い。」
板越「ええ、そうですね。」
臼井「ジョージさんは1968年生まれだから、私よりちょうど10歳お若くていらっしゃる。まだまだ体力も気力もすべて充実していて、これからいろいろなことに羽ばたこうっていうところだと思うんですが、仕事をする上で、起業した当時と現状を比較して、年齢を重ねるに従って何か変わったことってありますか?」
板越「そうですね、かなり変わってますね。ビジネスの面とかメンタルの面で言えば、1995年に26歳で起業して、それから7年くらい、2001年の同時多発テロが起こる前までは、とにかく“いけいけゴーゴー”でした。」
臼井「なるほど、“いけいけゴーゴー”で。」
板越「数億円の資金集めて、アメリカのナスダックと日本の株式市場で上場して…ってくらい仕掛けて大きくやってたんですが、それが2000年末のネットワークの崩壊と2001年の同時多発テロの影響で、築き上げてきたものがすべて崩れ落ちてしまったんですね。それから3年くらいは本当にメンタリーにも病気になってました。」
臼井「そうなんですか…」
板越「自己破産はね、なんとか寸前でくい止めたんですけど、まあとにかく自暴自棄で、生きてるのが辛くて辛くてしょうがない…」
臼井「うーん…」
板越「という時期がありましたから。そんなことを経験したから、以前と今では全然違いますね。ここ数年でもいろいろな人達に出会って、知人からは『変わった変わった』と言われます。」
臼井「私も、以前のジョージさんのことを人づてとか噂で聞いたことがあるんですが、実際にお会いしてみるとすごく明るい方だし、そんなことがあったなんて思えないですよね。」
板越「まあそんなことがあって、今は現役だけど現役じゃないみたいな、そんな感じですね。」
臼井「今はね。」
板越「2000年当時は、何億円っていう資金をスプールしていて、日本の某企業から10億円を投資するって話があったんですが、それを蹴ったりしてました。“オレの方が金持ってるよ、オレの方が偉いよ”なんて。まあ、2001年の9・11まではアメリカの企業からはどんどん投資してもらってたんですけど、ああいう事件が起こったとたんにみんな投資を引いたり、腫れ物を触るような感じになっちゃって。」
臼井「うーん、タブーみたいな感じになりましたからね。」
板越「そこから僕の人生は180度変わりました。まあ、根本的な性格なんてものは変わりませんけど、やっぱり仕事に対しての姿勢とかは変わりましたね。」
臼井「どれくらいお辛かったかというのは想像するしかないんですが、同じ経営者として、分かる部分はありますね、痛いほど。そうしますと、それをきっかけにして、仕事の仕方や人に対しての接し方、人の使い方なんかも変わりました?」
板越「ええ、もうむちゃくちゃ変わりました。なんでこんなことになってしまったんだろうと悩んだし、テロに対して恨みもしたし、すごくネガティブなパワーがありましたね、当時。でも仕事の失敗は、結局すべて自分でやったこと、自分の自己責任ですので、乗り越えるしかないな、と。」
臼井「そうですね。」
板越「あと、感謝とか、謙虚な気持ちとか、誠実さとか、会社経営をしていく上でも、人間としても一番大切なことだと思うんですが、そういう部分が欠けてたんじゃないかな、ってことに気づいたんですね。
例えば、僕のことを応援してくれる人とか、投資をしてくれる人とか、そういう人たちに対する感謝や誠実さが欠けてたんじゃないかな、と。経営者というのはやっぱり人格者じゃないといけないんじゃないかな、と思うきっかけになったんです。投資のお金が入ってきて会社が潤っても、経営者が人格者じゃないと会社は長く続きませんよね。」
臼井「続きませんねえ。もうまさに今ジョージさんが言われた、感謝、それから相手への思いやりとか、もちろん尊敬もそうですし、大事なんですよね。それはどんな相手に対しても、それは社員であっても取り引き先であってもね。」
板越「そうですね。」
臼井「私なんかは販売業ですから、商品を買ってくださる、お金を出してくださる人に対しては、もちろん『ありがとうございます』と、言いますよね。ただ、自分の周りに関わる方、いつも一緒にいる人間に対してはとかく忘れてしまうんですよ。」
板越「そうですね、うん。」
臼井「例えば、お金があるから私の周りにいてくれる、という相手に対してならやむを得ないところも多少はあると思うんですが、そういう人ばっかりじゃないんですよね。ジョージさんがお辛い時期に、誠心誠意言葉を投げかけてくれた方とかって、きっと生涯を通じてきっと財産になるし。」
板越「その通りだと思います。」
臼井「そういう方って、言いにくいことを言ってくれるものなんですよね。私なんかは、言いにくいことは避けちゃう方だけど(笑)。そういう方を大事にするってことは、今後の発展にも繋がると思いますよね。お話を伺っていて思ったんですが、経営者ってお金集める能力のある人はたくさんいる、お金をうまく使う能力のある人もいっぱいいる、経営手腕のある方もたくさんいるんだけど、人格者というのは圧倒的に少ないんじゃないかしら。私も、若い時分は『人格者』って言葉が好きじゃなかった。でもね、今になると、それが欠けるととてもとてもできない。」
板越「本当にそうですね。」
臼井「ジョージさんが考える、経営者に必要な能力を三つ挙げるとしたら?」
板越「どういう資格を持ってるとか、どういうことができるとか、営業力があるかどうかとか、そんな能力は経営者としては当たり前の条件だと思うんですね。だから、それらの能力を常に研磨していくこと、それからやっぱり人格者であること。あとは、経営者として責任を取れる覚悟があるかないか、ってことですね。付け加えるとすれば、勇気と元気。」
臼井「結局そこになると思うんですよ。テクニカルな部分は本人が努力するかしないかだし、ある状況に留まっていることが好きな人には、経営者は無理だと思うんですね。ただまあ、そこの部分はいくらでも後付けでできると思うんだけど、メンタルな部分というのはやはりもう根本だから、いくら作り笑顔していても心がハッピーじゃなければ、見る人が見ればすぐにばれちゃいますからね。」
臼井「ここ数年言い尽くされたことですけど、日本は今「起業ブーム」で、『一円で会社がで作れる』という本が出版されたり、法律もどちらかといえば中小企業に有利である、と。そういう起業ブームや、ジョージさんのところにも漠然と『起業したいんですが…』っていう相談がいっぱいくると思うんですが、そういう方たちに対しての思い、なにかありますか。」
板越「そうですね…。じゃあまずは起業ブームに対して。今年の5月に会社法が変わりますよね。僕はアメリカでの会社設立を代行する「uskigyou.com」っていうコンサルティングをやってまして、今サイトで代行業をやってるんですよ。自分の商売的に言うと、昨今の起業ブームによって、僕のビジネスがやりやすくなるのか、もしくはそれがやりづらくなるのかっていうのをちょっと見守りたいなって。まあ、どうにかなるとは思っているんですが。」
臼井「なるほど。」
板越「それから、社長になりたい、起業したい、っていう人がたくさんいて、それはそれでいいことかもしれないんですが、ちょっと安易すぎないかと思って怖くなりますね。あまりにも安易すぎて…」
臼井「思われますでしょう、それは。」
板越「そうなんです。たとえばブログ。面白いブログを書いて、自分たちだけで盛り上がってるところあるじゃないですか。」
臼井「あります、あります。」
板越「で、ブログでこう言っちゃったから、ある程度やんなきゃいけないって感じで自分を追い込むことはいいんですけど、それはちょっとあまりにも安易すぎる。で、新しい会社法で起業がもっと簡単になると、アメリカみたいになっていいのかもしれないんですけども、起業する人たちの果たしてどれくらいの人が自己責任を取れる人なのか、っていう…」
臼井「そこですよね。」
板越「だから、猫も杓子も社長になっていいのかなって。だってあれブームじゃないですか。」
臼井「完全にブームなんですよ。」
板越「ブームだから、ちょっと危ないなって感じはします。まあでも日本も経済の成長過程で一回そういうところを乗り越えないといけないときなのかもしれないけども、ちょっとあまりにもみんな起業に対することが安易なんで、ちょっと危惧してるところはありますね。」
臼井「一個人でね、ホームページを使って責任取れる範囲で物売ってるとか、なにか情報を流してるとかっていう分にはまあいいのかもしれないけど、やはり会社というのは法人ですから、会社を設立して社会にメッセージを出してる以上は、自分の会社であっても自分のものではないですよね。ところがそのあたりが微妙な企業が多い。モチベーションは高そうに見えて、その責任を最終的に取れるのかっていうことを尋ねてみると、それに対しての答えっていうのはものすごく陳腐な文が返ってくるんですよ。」
板越「そうですね、だからかっこつけるだけでやると恐ろしいですよね。」
臼井「恐ろしいですね。」
板越「本質的に、会社を作ること、社長になることっていうのは過程であるはずなのに、社長になることを目的にしてる人が多いようですからね。」
臼井「そこですね。やっぱり続けてなんぼだと思うんですよ。」
板越「本当にそうですね。」
臼井「起業に関しては私もよく相談を受けるんですが、何業をしたいとか、それは自分に向いているのかとか、そのためにはどういう努力をしてきたのかとか、どういう売り物があるのかとか、まずはそこから考え初めて、じゃあ資金はどうで、人員はどうで、事業計画はこうで、と、そういうとこまではお利口さんは考えてるんですよ。一見非常に綿密に。なんだけど、ポーンとレアケースなことが起きると対処ができない。これが非常に多いんですよ、情けないことに。
まあ批判だけじゃないんですが、3ヶ月、1年、3年続けられる人がなかなか少ない。まあ一年続けられればある程度めどは立つだろうけど、続けられない人が本当に多い。また、私もそういう時期があったんですけど、変に頭でっかち。テクニカルな部分に走っちゃうんですよね。だから非常に怖いなって気はします。本当にその辺は同感です。」
後編に続く→
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