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ドクターユキオフィストップ >> ようこそ! ドクターユキオフィスへ >>大村 あつし氏


ようこそ、ドクターユキオフィスへ!

今回ゲストにお迎えしたのは、作家の大村あつしさんです。小説からビジネス書まで手がけ、「1+1」の作家2.0として人気急上昇中の大村さん。子どものころからなりたかったという小説家になるまでには、どんな紆余曲折があったのでしょうか。成功の裏側に隠された人生観は、起業を目指す読者にもきっと参考になるはずです。

PROFILE
大村 あつし
OMURA ATHUSHI

小説からビジネス書まで手掛ける「1+1」の作家2.0。1996年にITライターとしてデビューし、数々の書籍を発表。「ブームメーカー」と呼ばれるようになる。斬新な解説手法を駆使して発表した『かんたんプログラミングExcel2000 VBA』3部作は40万部を超える異例の大ベストセラーに。『かんたんプログラミングExcel2002 VBA』、『かんたんプログラミングExcel2003 VBA』と続くシリーズの売上は60万部を突破。2004年6月には、オンライン書店「アマゾン」のVBA部門で、1〜3位独占を含む、売上ランキング上位14冊に9冊すべてがランクイン。「日本で最もVBAの書籍を売った男」と言われる。現在は、小説に比重を置いた執筆活動を展開する。斬新な着想、先の読めないストーリー展開、すべての伏線が一本の線につながる集点的な結末。こうした作風から「意外性の魔術」と称される。座右の銘は「失敗しない方法。それは、成功するまで諦めないこと」「人生は、今が一番若い」「心は歳をとらない」著書に、『エブリ リトル シング 〜人生を変える6つの物語〜』(ゴマブックス)『無限ループ』(幻冬舎)などがある。

大村あつし公式サイト
http://www.fushicho.com/

大村あつしブログ『僕は不死鳥』
http://www.fushicho.com/blog/

大村あつし『サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学』
http://blog.livedoor.jp/omura_moug/
PROFILE
臼井 由妃
YUKI USU
I

1958年生まれ。東京都出身。東京家政学院短期大学家政学部卒業。株式会社健康プラザコーワ代表取締役。短大卒業後、さまざまな職種を経験し1991年、33歳で28才年上の夫と結婚。同年、病気を機に一線を退いた夫にかわり健康器具販売会社経営の道に。1995年に発明した男性機能補助用具「パワーリングネオ」は、2005年現在40万個を売る大ヒット商品に。1998年「健康医科学博士号」、ハワイアンカレッジより「名誉学術博士号」、2000年「経営学修士(MBA)」、2001年「理学博士号」を取得。平凡な主婦が社長に転身、5年で100億円企業に成長させる。現在、起業プランナー、経営コンサルタント、発明家、作家として活躍中。健康・美容・ダイエットの分野にも精通し、若い女性に多くのファンをもつ。全国で行われる講演は年間約100件にのぼり、官公署、地方自治体、学校法人、中小企業団体など幅広く行っている。2003年、日本テレビ系「マネーの虎」に出演。温かさと厳しさが備わったコメントにより人気を博す。「忙しい人の即効!勉強術」「Dr.ユキの楽学合格法―資格で億万長者になる」「金なしコネなし経験なし社長の超・経営術」等著書多数。

臼井「今日はようこそおいでいただきました。5月ゴマブックスさんから発売された『エブリ リトル シング』が大変好評のようでおめでとうございます。ところで、大村先生とは何度もお会いしているので、こうやって改めて面と向かって話すのは不思議な感じですね。最初にお会いしたときのことって覚えていますか。私は、いい意味でとにかくまじめな人だなあと感じたのを覚えているんですけど。」

大村「よく「まじめそうですね」と言われますけど、友達づきあいをしているうちに、そのイメージが崩れていくのが毎回のパターンですね(笑)。もともとすごく人見知りするタイプなんですよ。」

大村「 臼井先生とは、ある出版セミナーで初めてお会いしましたが、まず見た瞬間に「何かで成し遂げて、それで執筆依頼が殺到している方だな」というのを感じましたね。もちろん、出版セミナーにゲストとして呼ばれているわけですから、本をお書きになった方には違いありませんが、一目見れば「これから本を出される方だな」とか「すでに本を出している方だな」というのは、やっぱりある程度わかります。 周りの方がいい意味で先生に気を遣っていらっしゃったので、何かを成し遂げた人しか持ち得ないオーラを発散している方だなというのが第一印象でしたね。」

大村「 で、さっき申し上げたように僕は人見知りするので、僕なんかが声をかけていいんだろうかと、名刺もなかなか差し出せなかったのを記憶しています。正直、僕だけ何か場違いなところに呼ばれちゃったなー、みたいな感じがあって、非常に萎縮していました。今では本当に密度の濃いお付き合いをさせていただいていますけど。 」


-ユキ’s eye-
大村先生と初めてお会いしたのは、ほんの1年くらい前のことです。でも、その後私の出版パーティに来てくださったり、いろいろお話しさせていただく機会があったので、何か昔からの知り合いのような感じですね。その短い期間の間に、小説の分野で勢いのある作家になられたのを、とても嬉しく思っています。






臼井「私は、大村先生が書かれたIT関係の書籍の売り上げ部数を初めてお聞きしたとき、「ひゃー!」って叫んだんです。私にしてみれば天文学的な数字ですからね。分野が違うから比べようがないんだけど、やはり人間ってつい人と比べたがるじゃないですか。「うわー。私はそんなふうになるのに、どれだけかかるのかな」と衝撃を受けたのを覚えています。すごくまじめで謙虚な方という印象だから、余計すごいなと思いました。」

大村「いろんな方に「謙虚ですね」と言っていただくんですけど、言葉を換えればあまのじゃくなところがあるんです。本の実売の話で申し上げると、これまでに130万部を売っているのですが(本当は160万部ですが、わかりやすいように日本の人口の100分の1でお話しします)、僕は「130万部も売れた!」とはどうしても思えないんですね。」

大村「というのは、130万人が僕の講演を聴きに来てくれれば実感もわきますけど、本はどこで誰が読んでいるか分かりません。メールで感想をいただいたり、アマゾンのレビューを見て「ああ、読んでくださっているんだ」とは思いますけど、そういう間接的なことでしか感じられないので、130万部とかいう数字にはまず実感がないんです。」

大村「 130万部というと、ちょうどピンクレディーの『UFO』と同じ売上なんです。ピンクレディーの『UFO』は日本国民のほとんどが知っていて、歌詞も覚えているだけじゃなくて、2、3割の人は下手したら振り付けまでコピーできてしまうんじゃないでしょうか。」

大村「 だけど、僕の本の130万部というのは、逆に言えば100人中99人は読んでくださっていないわけですよね。僕が電車に乗って日本中どこに行っても、「大村あつしのあの本を読んだ?」という会話が聞こえてくれば、多少天狗になってしまうかも知れませんけど(笑)。自分がすごいことをしたという実感が何もなくて、「100人中99人は読んでいないのだから、当然だよな」という感じなんです。」


-ユキ’s eye-
大村先生の考え方は、あまのじゃくではなくて、とても大事だと思います。どこで満足するか、達成感を味わうかは人によって違いますが、「もうこれでいいや」と思うと、それ以上を目指そうという感覚がなくなってしまいます。100万の人を目の前に見せられれば多少天狗になってもいいと思いますけど、結局そういうシチュエーションはありませんからね。だから、現状に満足しないで常に自分をモチベートしていく感覚はすてきだなと思いますね。





臼井「このメルマガをご覧になっている方は、いろんな形で新しく事業を興されたり、違う分野の仕事に乗り出す方が多いんです。作家も起業だと思うので、たぶんみなさんは大村先生がそもそも作家になったきっかけに興味があると思います。そこを簡単にお話いただけないでしょうか」

大村「そもそも子どものころからなりたかった職業が作家かミュージシャンだったんです。どっちもやっていましたが、音楽は正直なところ趣味の域を出ませんでした。」

大村「 さびしい言い方になっちゃいますけど、みんな野球が好きだから野球選手を目指しているわけではなくて、やっぱりどこかで夢と目標を切り分けながら、その中で残った「これだけはどうしてもやりたい」ということを生業にしていくわけですよね。」

大村「 僕の場合も、音楽は無理だし作家も好きだけど無理だなということで、一度は就職したんです。ただ、どうしても組織の中で働くのが肌に合わなくて、26歳のときになけなしの300万で──当時は300万円ないと会社を作れなかったので──ソフト会社を起ち上げました。本当は、そのときが作家になるタイミングだったのかもしれませんが、それよりも今日明日のご飯という生活だったので、そうやって作家になりたいという夢を封印してしまったんですね。」

大村「 その後会社は急成長して、IPOの準備を始めて上場までのスケジュールも見えるまでになったのですが、ある事情で代表取締役を辞めざるを得ない状況に追い込まれました。さすがに精神的にかなり応えまして、当分会社を興すのはもう嫌だと思ったんです。かといって、会社に就職するという選択肢もありませんでした。年齢的に36、7歳になっていたこともありますけど、一度経営者になったら会社員はもうできないんです。脱サラした人って、どんな辛酸をなめても絶対にまた事業を興すじゃないですか。やっぱり一度、一国一城の主になっちゃうと帰れないんですよ。」

大村「 で、一人でできる仕事は何かと思ったときに、中学生のころからやりたかったけど封印してきた小説を書こう、と。それが作家になるきっかけですね。」


-ユキ’s eye-
事情があって事業の一線を退かなくてはならなくなったときに、じゃあ一人になって何ができるかと考える。大村先生の起業のきっかけをお聞きして思ったのですが、あえて捨てたり、捨てざるを得ない環境になると本当にやりたいことがはっきりと見えてくるんです。結果オーライですけど、捨てるという経験がプラスに働くことってよくありますよね。





臼井「小説を書こうと決心されたときに、大村先生はすでにテクニカルライターとして成功をおさめていらしたわけですよね。やはり小説を出版するというのは、それまでとは勝手が違ったのでしょうか。」

大村「やはりすぐに小説が書けたわけではなくて、これまでとは分野が違うので苦労もしました。それに原稿ができても、なかなか出版にこぎ着けるのが難しいんです。そのころ臼井先生とも初めてお会いしたのですが、当時は売り込みをしても門前払いか読んでもらってもダメで、自分は小説家にはなれないと諦めかけていたときでした。」

大村「 よく出版社のホームページには「一般の持ち込み原稿はお断り」と書いてありますけど、僕はがんがん持ち込んでいたんです。160万部の実績があるから、一般じゃなくて160万部ライターだ、と。ある意味、勘違いをしていたんですね。持ち込んだところで、小説の実績がないですから一般扱いなんです。」

大村「 本の原稿というのは、編集会議に通っても、そのあとに営業会議というハードルがあります。ビジネス書の場合、例えば『お金持ちになる方法』や『株で絶対勝つ方法』など、タイトルとかキャッチコピーがニーズに合っていれば、聞いたことのない著者名でもある程度売れると判断ができます。でも、小説の場合『エブリ リトル シング』と言っても何のことかわからないですよね。みんな作家の名前で小説を買うわけじゃないですか。でも、僕は小説の分野で全くの無名ですから、仮に編集会議に通っても営業会議で落とされてしまうんです。」

大村「 結局、2006年は書き上げた2つの原稿がいずれも本にならないまま終わってしまいました。そして「自分には小説は無理だ。静岡に帰ろうかな」と思っていたときに、臼井先生の出版パーティで僕がスピーチの大役を仰せつかったんですね。そこで私事なんですけど、「来年こそは本を出します」と決意表明をさせていただきました。」

大村「 そうしたら、僕は知らなかったんですけど、その場にゴマブックスの方がいらっしゃったんです。で、ある方に「あの場にゴマブックスの方がいたよ」と聞かされて、手元を見たら確かに名刺があるんです。すぐに連絡をしたら、私のことをよく覚えてくださっていたので、すぐに原稿を送ったというわけです。それが『エブリ リトル シング』の原稿でした。」

大村「 結局、出会いとか運不運とかスピリチュアルなこととか、人生において影響を及ぼすものがあると思うんですけど、僕の場合は、要するに神様が「なりたいのは上場企業の社長じゃないだろう」と言ったのだと思います。ちょっと荒療治ではありましたけど、神様が作家の道を用意してくれたんじゃないでしょうか。たぶん、あのまま会社を上場したとき以上の喜びを、今僕は味わっていると思うんです。 」

-ユキ’s eye-
私自身も、ある本の企画がダメになって「もういいや」と思っていたときに、一人の編集者と出会って本にしていただいた経験があります。起業もそうですが、物事は出会いによって動き出すものです。大村先生のように、ずっと封印してきた小説家になるという夢が、出会いをきっかけに叶えられたというのは本当に素敵なことだと思います。夢を言葉にすることで、多少回り道をすることがあっても、必ず出会いが訪れるんだと思います。





臼井「出会いのお話しがありましたが、これまで出会った本の中で、作家になる上で最も影響を受けた本について教えてください。」

大村「たくさんありすぎて、どれをあげたらよいのか迷いますね。ただ、僕が作家を目指すきっかけになった本という意味で言えば、星新一先生の『ボッコちゃん』でしょうか。」

大村「 星新一先生は、ご存じショートショートの大家でそれこそ1000くらいの作品を残していますが、中でも「おーい でてこーい」という作品が強く印象に残っています。環境問題を暗示している作品で、当時からああいうことを考えていたのは本当にすごいことだと思います。」

大村「 僕が何か芸術に触れて鳥肌が立ったというのは、ビートルズを初めて聴いたときと、この作品を読んだときの2回です。4、5ページの短い小説なんですけど、鳥肌が立って夜も眠れなくて、「ああ、自分もこういう小説が書きたい」と強く思ったのを記憶しています。作家になるきっかけを作った本と言えば、この本でしょうね。 」

-ユキ’s eye-
1冊の本の力ってすごいものがありますね。何年かこのメルマガ対談が続いて、私がある人に「あなたが人生において一番影響を受けた本は何ですか」と聞いたときに、「大村あつしさんの作品です」と答える人が出てきたら素敵ですね。大村先生の作品を読んで、心が揺り動かされたという方が増えたらいいなって思います。




後編に続く→



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