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ドクターユキオフィストップ >> ようこそ! ドクターユキオフィスへ >>山崎拓巳氏


ようこそ、ドクターユキオフィスへ!

今回は、1965年三重県生まれ、山崎拓巳氏をお迎えして、東京は六本木ヒルズでのインタビューです。 山崎氏は、20歳でアムウェイビジネスを始められ、世界のほとんどのタイトルを最年少記録で達成されました。そればかりか、エッセイスト、画家、イラストレーターなど幅広い分野で活躍されています。いわばアーティスト系経営者! さすがのドクターユキも初めてのタイプの経営者で興味しんしん。幼少時代の想い出やビジネスの話、絵や映画制作の話まで幅広くお届けします。

PROFILE
山崎拓巳
TAKUMI YAMAZAKI

1965年三重県生まれ。広島大学教育学部中退。20歳よりアムウエイビジネスで躍進し、ほとんどの世界タイトルを最年少記録で達成。現在は、エッセイスト、画家、イラストレーターなど幅広い分野でも活躍。著書『気くばりのツボ』『人生はかなりピクニック』『ポケット成功術』『めんまじ』(サンクチュアリ出版)『5秒後の未来』(kkベストセラーズ)は日本のみならず、香港、台湾、韓国など広く読まれている。1999年6月には、N.Y.・SOHOにて初めての絵画個展『parallelworld』を開催した後、次々と個展を開催し、成功させた。主な個展は、同年10月:神戸・北野にて個展『moderngirls』、2000年6月:東京・代官山にて個展『happy』、同年8月:東京・渋谷にて個展『flash back』、01年1月:岡山、2月東京にて個展『瞑想』、4月:神宮前にて「5秒後の未来・原画展」、5月:群馬県・前橋にて「bleu」、2002年6月:早稲田大学にて個展「bleu」、全国六ヶ所の巡回展『Synchronicity』、2003年:東京国際フォーラムにて『Rock You』。人の生きる営み自体をアートとして捉える作風が、多くの人々に勇気を与えている。イラストは「OGGI」「CanCam」「テレビ愛知」「人材派遣のオリファ」などで採用され、高い評価を得ている。また、ブルーノート「DJ mix」シリーズ(小林径など)、USAギターリスト「ED GERHARD」等のCDジャケットも手がける。2006年11月には『五つ星のお付き合い』(サンクチュアリ出版)を発売。
PROFILE
臼井 由妃
YUKI USU
I

1958年生まれ。東京都出身。東京家政学院短期大学家政学部卒業。株式会社健康プラザコーワ代表取締役。短大卒業後、さまざまな職種を経験し1991年、33歳で28才年上の夫と結婚。同年、病気を機に一線を退いた夫にかわり健康器具販売会社経営の道に。1995年に発明した男性機能補助用具「パワーリングネオ」は、2005年現在40万個を売る大ヒット商品に。1998年「健康医科学博士号」、ハワイアンカレッジより「名誉学術博士号」、2000年「経営学修士(MBA)」、2001年「理学博士号」を取得。平凡な主婦が社長に転身、5年で100億円企業に成長させる。現在、起業プランナー、経営コンサルタント、発明家、作家として活躍中。健康・美容・ダイエットの分野にも精通し、若い女性に多くのファンをもつ。全国で行われる講演は年間約100件にのぼり、官公署、地方自治体、学校法人、中小企業団体など幅広く行っている。2003年、日本テレビ系「マネーの虎」に出演。温かさと厳しさが備わったコメントにより人気を博す。「忙しい人の即効!勉強術」「Dr.ユキの楽学合格法―資格で億万長者になる」「金なしコネなし経験なし社長の超・経営術」等著書多数。

臼井「本当にいろんなことに挑戦されている山崎さんですが、そもそも今に至るきっかけはあるんですか?」

山崎「僕は、もともと学校の先生になりたくて、広島大学の教育学部に通っていました。でも、大学2年のときちょうど20歳なんですが、友だちから仕事に誘われたんです。アメリカ会社で、アムウェイというところの仕事なんですが。」


山崎
 「初めは「そんなのうまくいくの?」と半信半疑だったんですが、スタートしたらそのうちうまくいきはじめて、「大学卒業する意味ないよな」と。 」

山崎「在学中に、年収1500万くらいあったんですよ。自分が卒業して、世の中でいい路線と言われる方向に進んだとしても、40代の後半くらいでしかもらえない金額ですよね。ここまで自分はきちゃったなと。だったら、「人生ではじめて、“路線”からはずれてもいいかな」と。アンチ社会というか、挑戦したくなったんです。それで大学を辞めたんですね。 」

山崎「 当時、大学を中退をする人はあまり多くありませんでした。世間の風当たりも冷たくて。だから、周りの人には成績表をコピーして配りました。「成績はいいけれど辞めるんだよ」とアピールするために(笑)ちょうど、直前の成績がたまたま良くて、優がたくさんあったんですよ。 」

山崎「これで、僕は社会人になったんですね。その後、22歳のときに「有限会社たく」を設立しました。アムウェイの仕事をしていたんですが、ほとんどの世界タイトルを最年少記録でいただいたんです。世界でも自分は通用するんだな自信を持ちました。ビジネスの世界を楽しんできました。文字通り、バリバリ働いて20代を過ごしたんです。」






臼井「絵を描かれたり、本をだされたりしたきっかけは? ずいぶん路線が違いますが。」

山崎「もともと、あとでやりたいことができる環境をつくるために働いていたということもあったんですね。  それで、お金もできて、少しずつやりたいことをできる環境が整ってきたんです。じゃあ何をやろうかな、と考えていて。 」


山崎「いろんなギャラリーを回っていたんですが、「これはうちの田舎にあったら、母ちゃん粗大ゴミだと思って捨てちゃうな」と思うようなものが50万で売られていたりするわけです(笑)  学校で習う美術とは違う絵が、高い値段で売っていることに驚いたのと、そういう絵が好きになったんですね 。」

山崎「そんな絵を見ているうち、なぜか「俺はアーティストに向いてるんじゃないか?」って思っちゃったんです。見るのも好きだけど、自分も描けるんじゃないかなと思いました。それで絵を始めたんですが、描いていたのは自分のためです。とくに売ろうとか、多くの人に見せるつもりもなかった。
友人には見せていましたよ。「これ描いたんだけどどう?」みたいな。すると「うまいじゃん」って誉めてくれるんです。これが、当時は絵を描くというゴールだったんですね。その程度です。」


山崎「そんなとき、僕の絵がたまたまある人の目にとまって、「個展やりませんか?」という話になりました。個展を開こうということが、絵に対するパッションになったんですね。カラオケ歌ってて、「うまいね。歌手になれば?」って言われて、歌手を目指す人と同じです。
初めての個展をニューヨークでやることになりました。ニューヨークでやろうと気軽に考えたんですね。そしたら、「初めての個展をニューヨークでやるなんて大バカものがいる」と気に入ってもらった人もいて、「本を書きませんか?」という話になりました。これが、本を出すようになったきっかけです。」

山崎「 いろんなことをやっていて、バラバラに見えるかもしれません。でも、僕の中では「画材の違い」という感覚なんです。アムウェイというツールを通して、自分を表現する。絵を描いて表現する。本を書いて表現する。実は、根本は同じなんですよね。僕のメインメッセージのひとつに、「すごいことはあっさり起きていいんだよ」があるんですが、これをアムウェイを通して伝えたり、絵を通して伝えたり、本を通して伝えたり。そういう意味でいうと、本業はメッセンジャーですね。 」

山崎「 今度、映画監督を始めたところなんですよ。10月からはラジオ番組もやってますし、カフェもオープンさせています。でも、やっぱり表現者ですね。自分の琴線にふれたものを、いろんな画材を通じて伝えているという感じです。 」

タクズライフ
タクズライフ:http://www.sanctuarybooks.jp/takulife/

-ユキ’s eye-
このメルマガ対談に出られる人には共通点があって、なぜか「職業は○○です」という人が少ないんです。いろんな可能性にトライしている人が多い。「○○の事業をしている経営者ですが、実は今度こんなことを初めまして…」という感じ。このメルマガ読者なら、わかっていただけますよね。「この人は何の人」「自分は何の人」とカテゴリーを決めつける必要はありません。




臼井「山崎さんは、大学時代に起業というか、アムウェイへのスピリットというか、仕事に対する気持ちに火を付けたきっかけはあるんですか?」

山崎「僕は実家が真珠養殖の商売をやっているんです。だから、商売がおもしろいことは小さい頃から何となく知っていたんですね。  子供のときから、家の前を通る人をつかまえては、「鈴虫つがいでいくら」とか売っていたらしいんですよ。僕は覚えていないんですけど。ダンゴムシつがいで100円とか(笑) 」

山崎「あとは、おばさんが駄菓子屋をやっているんですが、「これにガム1個つけてくれたら、絶対この店で買うよ」とか考えて、子供なりに原価計算したりして。「たぶん○個以上は売れるし、○個以上売ると得になるから、ガムつけたほうがいいよ」とかおばさんにアドバイスしてたみたいです。  だから、片鱗は幼稚園くらいのときにあったみたいですね。」

山崎「僕は、親からお金をもらうと、「山崎家のお金は増えていない」と思っていたんです。「自分が外に出て働いて、外からもらうと山崎家のお金が増えるじゃん」と。
外からお金をもらうことばっかり考えて、親にも「お父さんとお母さんからお金をもらっても、山崎家のお金が増えないからダメだね」とか言っていたみたいです。」

山崎「高校時代は下宿してたんですけど、下宿の中でカフェもやってましたよ(笑)。友だちがくるとメニューを出して、マッサージ1000円とか。  だから、ずっと「商売ごっこ」はしていたんですね。アムウェイの仕事は「仕事ごっこ」の延長だったかもしれません。」

山崎「でも、もともと儲けることには貪欲だったんですよ。  大学時代は、家庭教師のアルバイトをしていたんです。斡旋センターに登録して、紹介してもらって、1時間教えるとチケット1枚もらえます。そのチケットをセンターに持っていくと、1000円になる。
でもあるとき、家庭教師先の人に聞いてみたら、「チケット1枚1500円で買ってる」って言うんですよね。驚きましたよ。「ええ!僕が1時間働くと、それだけでセンターに500円ちゃりんとお金が入るのか! 俺もそのシステム作りたい??」と。 」

山崎「でも、もともと儲けることには貪欲だったんですよ。  大学時代は、家庭教師のアルバイトをしていたんです。斡旋センターに登録して、紹介してもらって、1時間教えるとチケット1枚もらえます。そのチケットをセンターに持っていくと、1000円になる。
でもあるとき、家庭教師先の人に聞いてみたら、「チケット1枚1500円で買ってる」って言うんですよね。驚きましたよ。「ええ!僕が1時間働くと、それだけでセンターに500円ちゃりんとお金が入るのか! 俺もそのシステム作りたい??」と。
だって、放っておいてもお金が入ってくるシステムですよね。だったら、教える側よりセンター側のほうがいいじゃないですか。それで勉強して、ライセンスの世界を19歳のときに知ったんです。 」

山崎「ちょうどその頃、アルバイトでためたお金で別の「商売ごっこ」もしていました。  
京都にアンティーク市が月に2回あるんですよ。そこで仕入れた雑貨なんかを町の雑貨屋に卸したり、委託販売をしたり。でもあまり儲からないんです。  これで「やっぱり、ライセンスがいいよなあ。システムつくらないとダメだなぁ」と思っていたときに、アムウェイと出会ったんですね。  
「よくできてるなぁ、このシステム!」と思ったので、「2年間だけやってみて、どこまで行けるか試してみよう」と決めたんです。 」

-ユキ’s eye-
私も家の事情もあって、小学生のときに牛乳配達をしていました。私もお金、子供だからコインですが、コインの形とか見た目とかが好きでした。とくに自分で稼いだお金だと無駄遣いができない。コインを磨いたり、洗ったりしてぴかぴかにしていました。商売好きには共通点があるのかもしれませんね。





臼井「あいかわらず起業ブームが続いています。山崎さんは子供の頃から起業スピリットをお持ちだったようですが、最近の起業ブームに対して何か思いはありますか?」

山崎「アントレプレナー・ブームですね。起業家ブーム。  僕は、「社長になりたい」と言う人を不思議に感じています。偉くなりたいんだと思うんですね。「社長という肩書きがほしい」というか、「社長という名刺がほしい」というか。
僕は、社長になりたいと思ったことが一度もありません。税務上会社をつくったほうがいいと勧められてつくった。だから、僕のソウルは「商売」にあって、子供頃から変わっていないのかもしれませんね。 」

山崎「「起業はすごいから」「社長は偉いから」というモチベーションでの起業は、行き詰まる可能性を感じます。事業は虚栄のために興すものではない。もっともっと、衝動によって興すものだと思います。その衝動が「社長になりたい」だと困るんですが…。  
「社長になりたい」と言う人や、「お店を持ちたい」と言う人は多いですよね。「かわいいお店をつくりたい」というけれど、何のお店かはわからない、みたいな。「かわいいお店をつくりたい」という気持ちは、スタートとしてはいいと思いますが。」

山崎「日本は社会主義に近いと言われますよね。教育自体が、仕事に就く国民をつくり続けてきたと思うんです。だとすると、その上の方に行きたいと思うのもわかります。  
でも、ライフスタイルのほうが重要だと思うんです。「家の近くで、住みたい場所の近くで仕事をさがす欧米人」に対して、「働くところの近くに家を持つ日本人」と指摘されることがありますね。」

山崎「「こんな居心地で、こんな風に喜びを感じられる生活、生き方がしたいな。そのためにはこれは捨ててもいいな、自分には何が必要なのかな。経済的にはこれくらいで、働く時間、自由な時間はこれくらいで…」と、エレメントから考えて仕事を考えていく、起業を考えていくことが大切だと思います。」

山崎「「自分を根本から考え直す。自分が求めるライフスタイルを明確にしておく。  
そうではなくて、世の中にすでにあるものからチョイス、チョイス、チョイスという形でくると、ファッションとしての起業が生まれてきてしまいます。 この場合、一時的にうまくいっても、続けるという意味では難しいかもしれません。「うまくいくノウハウ」と、「うまくいき続けるノウハウ」は違いますから。」

-ユキ’s eye-
「うまくいく」は、誰にでも起こりうるです。出会いがあって、流行にのり、たまたま波長があって。ただ、3年はもつかもしれないけれど、うまくいき続ける起業家、5年、10年続く起業家は、そう多くはいません。逆に言えば、そこまでもつ人は、30年後もうまくいく人です。





臼井「私は、お金や運は人が運んでくるものだと思います。人を通して成長して、人を通して成功につながっていく。人やモノ、運との出会いで山崎さんのお話をうかがえますか?」

山崎「大学時代の友人たちを見ると、みんなそれぞれ、自分が満足できる環境に行っているなという感じがします。  
いま一緒に仕事をしている連中もいます。
一緒に仕事をしているのは、学生時代、酒を飲みながら「何のために生きているか」「何のために教育者になるのか」みたいな深い話をしていた連中です。
生きるって何よ、という禅問答を繰り返してきた友だちが、いまも一緒にいる仲間です。みんな、自分のライフスタイルをエンジョイしていると思います。 」


小田「人間的な成長が興味の対象になっている人は、成長し続けていける人だと思いますし、周りの人が放っておかない人でもあると思うんですね。  深いことを真剣に考えて、休まずに勉強を続けられる人。かつ、それを楽しみにできる人ですね。努力していることに悦に入れないとダメです。根性だけでは続きませんから。 」

山崎「人には、日々、人生で出会うべき人がいるんだと思うんです。自分の人生のビデオテープがあるとしたら、早送りして見てみると、もうその人は登場人物として映っている。  
でも、その人に出会うまでに、精進して自分を磨いていくことが必要です。出会ったときに気に入ってもらえたり、相手が何か感じると思っていただける自分になっておく。 」

山崎「そうでなければ気が付いてもらえないと思うんです。素通りされてしまう。だから、日々を大切にすることですよね。  
それから、出会った人を大切にする。初めて会ったときにその人を値踏みしない。一生つきあうぞと。僕はいつも、「今日会ったから一生つきあう」という気持ちでいます。  
もちろん相手から縁を切られるかもしれませんが、自分はそういう気持ちでいるんですね。「この人いいから付き合おう」「この人はよくないから付き合うのやめよう」とかはありません。  
初めてのときから一生コース、一生モードでいます。」

Taku's Blog
Taku's Blog:http://www.taku-blog.jp/

-ユキ’s eye-
「成功」と「成長」と、2つのキーワードが出てきました。とかくビジネス社会は「成功」というキーワードに偏りがちです。でも実は「成功」と「成長」はワンセットです。成功に近づくうちに、人間的な魅力も成長していくし、成長していくうちに成功に近づく。けれど、なかにはお金のほうだけとんがってしまって、成長のスピードがついていかない人もいます。そういう人は、結局起業家のレールから少しずつ外れてしまいます。最悪の場合は、法に触れることをやってみたりして、そこから逸脱していきます。




後編(11月22日アップ予定)に続く→
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